20歳代の働く人の悩み 仕事上の悩みについて職業アイデンティティの観点から
1 はじめに 20歳代の職場の悩み
働くうえで悩みは尽きません。今回のブログでは働く悩みを職業アイデンティティの観点から、就職してから間もない20歳代に焦点を当てて見てみたいと思います。
20歳代の職場の悩みとは、①職場の人間関係、②仕事のやる気が出ない、③スキルが身についている実感がない、④キャリアとプライベートの両立が難しいなどがあるそうです(キャリア・コンサルティング・ラボ 参照)。前回のブログでは①職場の人間関係について載せいます。今回は②から④の仕事上の悩みについて職業アイデンティティの観点から考えていきましょう。
2 職業アイデンティティ
定年退職した途端に、所属する会社がなくなった途端に、自分が何者かわからなくなるという話をよく聞きます。私たちはどこかに根を張っているという実感がないと安心して生活できない生きものなのです。私たちがどこかに所属して、自営業であっても、働いているということは、私たちが働くことでどこかに根を張っているという職業アイデンティティを私たちに与えてくれます。それはとても安心感を私たちにもたらしてくれます。
それでは私たちが働くことでどこかに根を張っているという安心感、すなわち職業アイデンティティはどのように得ることができるのでしょうか。
社会学からは、私と相手との関わり合いの中で、私が私という自己を実感できると言われています。例えば職場から何を自分に期待されているか?その期待に自分はどう応えて行けるのかと悩む。悩んだ結果、その職場での期待と自分の在り方との間に折り合いをつけて自分の立場を確立していくなかで自分を確立すると考えられています(G.H.ミード)。また私たちは職場の先輩としてふるまうときと、家に帰って夫や父親・母親として子どもと遊ぶ時、同じようにはふるまわないでしょう。子どもをあやす様子で後輩に仕事のアドバイスはしません。一方で後輩にアドバイスする感じで子どもをあやすこともないでしょう。ここから言えることは、私たちは相手によって自分を変えている(E.ゴッフマン)ということです。
このように私がなにものかがわかるというのは、根を張るところによって決まります。根を張るところがないと私たちは自分がなにものかわからない不安に襲われます。それゆえ私たちが働くということは自分はなにものかであるという職業アイデンティティを得るうえでとても大事なのです。
3 エリクソンの漸成的発達論から
アメリカの心理学者エリック.H.エリクソンの漸成的発達論を見ていきましょう。漸成的というのは、最初の段階の課題がクリアできると、その次の段階が前の段階を土台として成り立つという考えです。基礎の上に一階ができ、一階ができるとその上に二階ができるといったような、お城の天守閣をイメージするといいかも知れません。
エリクソンの漸成的発達論では、乳児期の「基本的信頼対不信」という発達課題から始まります。そして各段階を経た後20歳代の発達段階は、「親密性 対 孤立」になります。他者と深く親密な関係を築くことが求められます。
先に見てきたように20歳代の働く人は、職場での人間関係から働く人として自分の根っこがつながっているという安心感、職業アイデンティティを得ることができます。エリクソンの漸成的発達論でも同じく、如何に人との親密な関係を作るかが求められます。そして親密な関係から職業アイデンティティを得ることができるのです。働く20歳代の人たちには発達課題としても、職場での親密な人間関係を築くことが求められています。
4 親密な関係を持ちづらい時代背景
昨今「静かなる退職」が話題になっているようです。実際に会社を辞めるのではなく、仕事に対して必要最低限の範囲で取り組み、仕事を人生の中心に置かない働き方を言うようです。
ところで柄谷行人は経済の交換様式を A互酬(贈与と返礼) B服従と保護(略奪と代配分)C商品交換(貨幣と商品) D Aの高次元での回復という4つに分類しています。。まずA互酬(贈与と返礼)を見てみましょう。例えば職場で仕事が忙しく困っている人がいるとしましょう。あなたは困っている同僚に、「少し手伝おうか?」と声を掛けます。同僚はとても助かったと感謝して、今度ランチをおごってくれるかもしれません。一緒に食事をするともっと同僚と距離が縮まって職場の雰囲気も良く感じられ、仕事の意欲も高まるでしょう。この例を柄谷の分類に当てはめれば、「A互酬(贈与と返礼)」に当たります。柄谷は経済行為の交換様式として分類しましたが、このように人と人との交流にも当てはまるものだと考えられます。「A互酬(贈与と返礼)」で対人交流が行われている職場はストレスが少なく、働きやすく、やりがいを感じる職場と言えるでしょう。
ところが人事考課では、同僚の役に立った、職場の雰囲気を良くした、共同の流しの掃除をしている、共有スペースの掃除や整理整頓をしている。そのようなことは評価されないでしょう。職場の雰囲気を良くし、みんなのやる気を促す「A互酬(贈与と返礼)」は評価の対象にならないのです。なぜなら人事考課は、「C商品交換(貨幣と商品)」で私たちと交流しているからです。働く私たちの多くは、労働力という商品を会社に売り、その対価として給与をもらっています。だから人事考課とは、対価としての給与に見合った商品(労働力)を労働者としての私たちが差し出しているかということを評価するのだと思います。つまり如何に会社の利益に貢献したかという数値が評価の対象になっていると思われます。一方で職場の雰囲気を良くするいった貢献は、給与の対価として会社の利益にならないのです。それゆえいくら同僚のため、職場のためと頑張っても待遇や給与には反映されないという事態が生じます。
ところで内田樹は「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」という考えを述べています。以下のように説明しています。「『その功績が歌に歌われて、称えられることのない英雄』という意味です。たいへんな功績をあげたのだけれど、人々はそのことを知らない(場合によっては、その人自身も自分がたいへんな功績をあげたことを知らない)」「それは誰かがしなければいけないことがあったら、それは自分の仕事だというふうに考える人のことです。誰かが余計な責任を引き受けたり、よけいな仕事をかたづけたりしないといけないなら、自分がやる」。

「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」は、「C商品交換(貨幣と商品)」という人事考課では評価されない、「A互酬(贈与と返礼)」によって同僚や職場に貢献する人と言えるでしょう。そして「C商品交換(貨幣と商品)」という人事考課では評価されない、「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」が職場ひいては会社を支えているという皮肉な事態が生じます。
これまでの日本の終身雇用では、「C商品交換(貨幣と商品)」という雇用契約であっても、「A互酬(贈与と返礼)」が人事考課や職場の雰囲気として考慮されていたのでしょう。しかし成果主義が強調されるにつれ、人事考課は「C商品交換(貨幣と商品)」のみとしか見られなくなったのでしょう。会社が「C商品交換(貨幣と商品)」で評価するなら、労働者も「C商品交換(貨幣と商品)」でしか労働力を提供しないという対抗策が「静かなる退職」ではないかと考えています。
5 職場で親密な関係が築くことができない中でどのように職業アイデンティティを見つけることができるか?
成果主義が推し進められる中で、人事考課に「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」を評価項目に加えることを求めることは難しいでしょう。ならば私たちはどのようにして職場で親密な関係を築くことで職業アイデンティティを手にすることができるのでしょうか?
例えば会社が「C商品交換(貨幣と商品)」としてしか働きぶりを評価しないとしても、部署あるいは「島」の雰囲気がよいという場合はあるでしょう。縁の下の力持ちに、「ありがとう」とすぐに反応がある。あるいはだれもが周りに目を配り、困っていそうな人に気軽に手を指し伸ばす雰囲気がある。会社は評価してくれなくても、一番近くにいる人たちが「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」を評価する雰囲気を持っているからだと思われます。
ところでY.アガザリアンが始めたシステムズ・センタード・アプローチという集団療法があります。システムズ・センタード・アプローチでは「システム」という考えを用います。私たち個人もシステムですし、個人システムが所属する職場は個人システムが関連しあって作られたシステム、会社は職場が関連し合って作られたシステムと考えます。マトリョシカが大(会社)、中(職場)、小(個人)が入れ子状態でお互いに関連し合っているとイメージするとわかりやすいでしょう。それゆえそれぞれの集団は、隣り合う集団の影響を受けて変わっていきます。中(職場)がいい方向に変われば、その影響は隣り合う大(会社)と小(個人)もいい方向に変える影響力を持つのです。

例えばマトリョシカの中(職場)のシステムがうまく回って行く、すなわち「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」がきちんと職場の人たちに評価されるようになる。そうすると中(職場)に接している小(個人)のシステムも雰囲気の良くなった職場に影響を浮け、和やかな雰囲気の職場で仕事のパフォーマンスも上がるでしょう。一方で中(職場)に接するもう一つのシステム、大(会社)も中(職場)の影響を受けるでしょう。人事考課では評価されないにしろ、会社全体が「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」を価値あるものと認め、「人に優しい、人を大切にする会社」に変わるのではないでしょうか?
6 システムを変える勇気
心理学者M.セリグマンは 犬をハーネスにつないで逃げられないようにして電気ショックを与え続けるという実感をしました。その後犬からハーネスを外して電気ショックを与えたところ、犬は逃げることができるにもかかわらず、逃げずに電気ショックを浴び続けました。この実験からM.セリグマンは、犬は自分が何をやってもダメだという無力感を身に着けてしまった(学習性無力感)と結論付けました。
私たちもいくら同僚や職場のために「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」になっても、何のフィードバックもなければ、馬鹿らしくなって辞めてしまいます。「静かなる退職」は、このように何をしても無駄だという学習性無力感の表れともいえるでしょう。
しかし私たちは20歳代において、誰かと親密な関係を築き、そこから自分の職業アイデンティティを得ることが、人生の幸せや充実感を得るには必要なのです。全世界が「C商品交換(貨幣と商品)」に巻き込まれていく中で、学習性無力感が生じる時代背景は致し方ないことです。それでも私たちは自分自身の幸せのために、他者と親密な関係を築き、そこから職業アイデンティティを得ることを考えなくてはならないのです。
まずは先に述べたように、職場の隣の人が幸せを感じるように、あなたが「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」になる一歩が求められているのです。「情けは人の為ならず」との慣用句があります。あなたの一歩は職場のシステムを動かし、隣の同僚の個人システムを動かし、会社のシステムを動かすことで、あなた自身に職業アイデンティティをもたらすでしょう。

このような「C商品交換(貨幣と商品)」が席巻する世界では、何をやっても無駄という学習性無力感に誰もが囚われてしまいます。その結果、与えられたもの以上を返すことに強い抵抗感を抱いてしまいます。そのあらわれが、「タイパ」、「コスパ」、「静かなる退職」なのでしょう。しかし私たちが自分の幸せを手に入れるためには、与えられたもの以上を返す「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」になることが、この時代より一層必要になるでしょう。私たち自身が変わる、私たち自身のシステムを変えることが、社会のシステムを連鎖的に変える為には必要なのです。