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発達障害の一つ、自閉症スペクトラム症の正しい理解とその対処方法を考える

1 はじめに

今回は発達障害について説明したいと思います。発達障害の代表的なものとして、①自閉スペクトラム症:対人関係やコミュニケーションの独特さ、こだわりの強さなど  ②注意欠如・多動症:不注意、多動性、衝動性など  ③限局性学習症:読み書きや計算の特定の困難 があります。今回は①自閉症スペクトラム症について説明したいと思います。

2 自閉症スペクトラム症とは?

自閉症スペクトラム症とは、主に社会的なコミュニケーションの困難さや空間・人・特定の行動に対する強いこだわりがある等、多種多様な障害特性のみられる発達障害のひとつです。この障害特性により、日常生活や社会生活において困難さを感じることがある(日本自閉症境界)」と説明されています。

 自閉症という名前は 1943年にアメリカの児童精神科医レオ・カナーが「早期乳幼児自閉症」という論文を発表したことから世界中で知られるようになりました。一方で1944年にはオーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーが「アスペルガー症候群」について論文を発表しました。

 その後、イギリスの精神科医ローナ・ウイングは知的には遅れが見られないのに自閉症の特徴がある子どもたちがいることに気づきました。しかしこのような子どもたちは知的な遅れがないために政府の福祉サービスを受けることができないことにローナ・ウイングは悩んでいました。ところで前述のアスペルガーの論文は発表されたものの、第二次世界大戦中ドイツ語で発表されたため、世界の医学会では忘れ去られていました。この論文をローナ・ウイングが「発掘」し、知的な遅れはないものの自閉症の特徴を持つものを「アスペルガー症候群」として1981年に発表しました。その結果それまで自閉症の特徴をもつもの知的な遅れがないために福祉サービスを受けることができなかった「アスペルガー症候群」の子どもたちに福祉サービスを受ける道が開かれました。その後のローナ・ウイングの研究によって、カナーが提唱した自閉症とアスペルガー症候群は、社会的コミュニケーションの特徴や限定された興味や反復的な行動という特徴を共有する連続体(スペクトラム)であると認識されるようになりました。そしてアメリカ精神医学会の診断基準も採用され、現在では自閉症スペクトラム症と言われるようになりました。

3 自閉症スペクトラム症の特徴

 自閉症スペクトラム症を理解する上で、ローナ・ウイングが提唱した「三つ組みの障害」があります。

①社会性の障害

人と付き合っていくためにははっきり示されているルールに沿って行くことを求められます。しかしそれ以外にはっきりとは示されない「暗黙のルール」も察していくことも大切になってきます。例えばはっきりと何をするとは言われないけど、その職場などで気を利かすことが求められることは多いでしょう。あるいは学校などで遊ぶ時も、遊びのルールはその場その場で移り変わり、その変更をはっきり説明することはありません。それでも瞬時瞬時の暗黙のルールを察して対応することが求められます。このように「察する」力が人と付き合っていく場合に求められることも多いでしょう。ところが自閉症スペクトラム症の方たちはこの察することが苦手なのです。そのために暗黙のルールを理解することができないために、職場の人間関係がギクシャクしたり、学校などでみんなと上手く遊べないということで悩むことになります。

②コミュニケーションの障害

言葉を字義通りに受け取ったり、あいまいな表現が理解できない、冗談や皮肉が通じず社交辞令もそのまま受け取ってしまうという特徴が見られることがあります。そのため会話が一方的になったり、相手に合わせた会話が難しくなることがあります。具体例としてアスペルガー障害の当事者の方が書かれた本の中で、ホテルに泊まった時に「お客様の声をお聞かせください」という紙がホテルの部屋のテーブルに置いてありました。その方はその紙を手に取り、紙に向かって大きな声を「あー」と声を出しということです。

③限定的で反復的な行動や関心

決まった手順やパターンにこだわってしまうこと。また目の前にない状況を想像することや他の人がどう考えや意図をもっているのかを想像することが苦手ことを指します。

 ②とは別の方の自叙伝で、その方が小学生の時に、学校が終わって同じ道を通って毎週塾に通っていました。ある日いつも止まる交差点で、その交差点の先にある家の中に明かりがともっているのを見て驚愕したことが書かれていました。それまではその交差点に差しかかるときは日が高く明るかったので家に明かりがともることがなかったのですが、季節がうつろいで日が短くなったある日、家の中に明かりがともったのを見たのでした。

 精神分析では人のこころは身体を表面とするとその奥にあると考えます。しかし自閉症スペクトラム症の人たちは、この奥行きの先にこころがあるということに気が付かないと言われています。すなわち表面しか知ることができずそこに奥が続いているということに気が付かないと考えられています。それゆえ目に見えないものを想像したり、他の人がこころを使って考えたり感じたりすることが難しくなっていると考えています。そしてこのために他者とこころを介した気持ちのやり取りをすることが難しいと精神分析では考えています。

 先の自叙伝の方は、それまでは家の表面しか認識していなかったのに、ある日ふいに家に奥行きあることに気づいた。ものごと、世の中は表面だけで成り立っていると信じていたのに、そこにふいに奥行きがあると気づいたときの強烈な驚きを書いたのだと思います。

4 自閉症スペクトラム症の病因

かつて親の冷たい養育態度「冷蔵庫のような母親」が自閉症スペクトラム症の病因であると言われたことがありました。しかしこの説は現在では否定されています。では現在どのようなものが自閉症スペクトラム症の病因と考えられているのでしょうか?残念ながら現在わかっている(医学的なエビデンスがある)のは、男性が50歳以上で産まれる赤ちゃんに自閉症スペクトラム症を発症する確率が高くなっているということだけだそうです。つまりどうして自閉症スペクトラム症になるのかということはほとんど何もわかっていないということです。

 また知能検査、ほとんどはウエクスラー式知能検査(大人用のWAIS,子ども用のWISCなど)の下位検査にばらつきがあると自閉症スペクトラム症であるという運用もなされているようです。しかしこの知能検査のばらつきがあることが自閉症スペクトラム症の診断の根拠となる医学的エヴィデンス(科学的証拠)はないとのことです。

 そして自閉症スペクトラム症と診断されても、自閉症スペクトラム症自体を治療する方法も確立されていないとのことです。

 つまり自閉症スペクトラム症はどのようになるのか?そしてどう治療するのか?ほとんどわかっていないのです。しかし私たちは知らないということへの不安はとても強いのです。ですからわからないものはとにかく名前を付けてわかったことにして不安を和らげたいという欲求はとても強いものがあります。同じように診断についてもわからないものに名前をつけることでわからないことへの不安を和らげたいという欲求が働くことがあることは否定できません。精神医学でもこれまでの知識では診断できない病気にとりあえず病名をつけようとすることを「診断のごみ箱」と呼んでいました。大切なのは、その人ひとりひとりにどのような特徴があるのか?どのような辛さがあるのか?それに対してどのように接していけばいいのか?わからないことに耐え、目の前の人の苦悩に個別に向き合っていくことだと考えます。

5 正常とは?

私たちは自閉症スペクトラム症の反対の意味で「正常発達」という言葉を使っています。ところで「正常」とは何を意味しているのでしょう?

 精神分析では先に述べたように自閉症スペクトラム症の方には奥行きが実感できないため他者の奥にあるこころと自分の奥にあるこころ同士で交流することが難しいと考えています。このように自閉症スペクトラム症の方の対人関係は表面的な交流になってしまう、これを精神分析では「付着同一化」と呼んでいます。つまり「正常発達」の方はこころで交流できるけど、自閉症スペクトラム症の方はこころで交流することが難しいので表面的な交流に終わってしまうと理解されています。

 このように自閉症スペクトラム症の方のコミュニケーションの特徴は表面で行われていると言われています。そしてこの表面で行うという仕方は自閉症スペクトラム症の方が世界とどうかかわるかという場面でも発揮されると言われています。

 ところで不思議の国のアリスを書いたルイス・キャロルは今では自閉症スペクトラム症であったと言われています。「今では」というのは、アスペルガー障害という見方がローナ・ウイングから提唱されたのが1981年なので、それ以前に知的に遅れはないが自閉的傾向を持つ方を診断する名前がなかったからです。

 不思議の国のアリスには、言葉遊びのような表現が出てきます。これは自閉症スペクトラム症の特徴である、表面的なかかわりからくるものと考えられています。それまでの文学は内面の奥深くに芸術性・創造性があると考えられていました。しかしルイス・キャロルの言葉遊びという表面だけのかかわりでは、これまでの芸術の考え方だと芸術の中に入れていらえないものとして扱われることもありました。実際に同時代の作家の中には言葉遊びをするルイス・キャロルの表現を批判する声もありました。しかしフランスの哲学者ジル・ドゥルーズは、「言語の表面的使用」「言葉をその表面で組み合わせたり組み替えたりする遊びをあふれるように用いて」いたと、このルイス・キャロルの言葉遊びという表面のかかわりから芸術が産まれることを高く評価しました。なぜなら言葉の表面的なかかわりこそが、「言語をその慣習的な轍の外へ引きずり出す」ことによって芸術が産まれると考えたからです。(松本卓也 創造と狂気の歴史 参照)

 ジル・ドゥルーズのように考えるならば、私たちは自分たちが使っている人とのかかわり方やものごとの理解の仕方こそが「正常」であり、それ以外のものは「異常」であると考えているのかもしれません。それは自分の知らないことは恐いため、自分になじみがないものを「異常」というカテゴリーに入れることで分かった気になって安心したいのかもしれません。

6 当相談室の自閉症スペクトラム症への取り組み

このように自閉症スペクトラム症を考える上で私たちは何が正常で何が異常なのかという難問を突きつけられます。それはこころの病気と言われるもの全般について突きつけられている問題ともいえるでしょう。しかしこのような面があるといっても、今ここで感じている生き辛さを解決することもまた必要なことなのです。そこで当相談室の取り組みを説明したいと思います。

 それは自閉症スペクトラム症で相談に来られた方が何にどう困られているのか?個別に具体的に取り組んでいくことが大切と考えています。

 その方がウエクスラー式知能検査の結果をお持ちであるとしましょう。その方の困られていることがウエクスラー式知能検査の結果から推測できる場合もあります。先に述べましたが、ウエクスラー式知能検査の結果によって自閉症スペクトラム症であるという医学的エヴィデンスはありません。しかし自閉症スペクトラム症の特徴がウエクスラー式知能検査で現れている場合もあり、その場合にウエクスラー式知能検査の結果から悩みに対する解決方法を考えることはできると思っています。例えばWAISⅢでは「絵画配列」という下位検査がありました。ストーリーの一番面、一場面がそれぞれ描かれた数枚のカードを話の始めから終わりまで順番に並べ替えていくものでした。これは先に述べた特徴の③である想像力に関係する場合があると考えています。それはこの状況から次にはこの状況に変わっていき、最後にはこういう終わり方になるだろうと想像する力が、この「絵画配列」に反映されることがあると考えているからです。「絵画配列」が苦手ということは、原因と結果を結ぶ「因果関係」を理解することが苦手と言えるでしょう。

 どうして注意されたかわからない、どうして上手く結果で出ないのかがわからないということで困られているかもしれません。このような方には、もしウエクスラー式知能検査の「言語理解」という言葉で考える力が得意であれば、言葉を使って原因と結果の間に「橋を架けるように」、これからこれに行き、そこからここに来るというように因果関係をつなげる練習をします。あるいは「知覚推理」という目で見て理解する力が得意な方にはフロチャートのような図をつかって同じように橋を架ける練習をします。

 このように当相談室では具体的に困っていることをお訊きして、具体的な解決方法を考えていく取り組みをしています。

 詳しくはこちらからお問い合わせください。

 

 

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