日々是好日
「日々是好日」、映画のタイトルにもなっているように、耳にされたこともあると思います。もともとは禅宗の公案です。公案とは、師が問を出し弟子の僧がそれに応える修行の一つで、アニメ一休さんの頓智比べがイメージしやすかもしれません。
この公案は、唐の禅僧雲門が「15日以前は問わないが、15日以後どうなっているのかを言え」と問うたところ、誰も応える人がいないので、雲門みずから「日々是好日」と答えたというものでというす。15日という「今」を説明しようとする時、その時点ですでに今は過去になってしまう。今とはいったい何なのか?時間とは何かを問うものだと思われます。
他にも白隠の「隻手の声を聞け」という公案もあります。右手と左手を合わせて音を出したとき、それは左手の音なのか右手も音なのか。左手がコンマ何秒早く当たったから左手の音?でも音は両手が合わさって初めて出るから、片手の音なんて不可能だけど、片手の音を説明しろと言っているし。
このように公案は言葉で考えても埒が明かないことを言葉で徹底的に考えさせるものです。どうしてでしょう?前回傍にある大切なものに気づくためには自分のパターンを知ることと書きました。そして気づいた後にはそのパターンを変えなくてはなりません。しかし私たちは自分のパターンに悩まされているにもかかわらず、そのパターンは自分の一部となっているために変えることはなかなか難しいのです。公案はこの身についたパターンを変えるための方法として編み出されたものだと私は考えます。
同じように精神分析的心理療法でもこのパターンを変えるために、精神分析的な人間理解とカウンセリング技法に基づいて行っています。精神分析的心理療法とは、自分を本質的・根本的に理解し、そして自分を変えることによって本来持っているポテンシャルを回復させるカウンセリングであると考えいます。