なぜ私たちがこころ豊かに生きるためには依存することが必要かのか?依存、自立、モラトリアム
1 はじめに
モラトリアムという言葉は最近はめっきり聴かなくなったような気がします。小此木啓吾の「モラトリアム人間」によれば、もともとモラトリアムとは、「支払猶予期間、戦争、暴動、天災などの非常事態下で、国家が債務・債権の決済を一定期間延期、猶予し、これによって、金融恐慌による信用機関の崩壊を防止する措置」を意味していました。「この言葉を転用して、青年期を『心理社会的モラトリアム』の年代と定義した。青年期は、修業、研修中の身の上でるから、社会の側が、社会的な責任の決済を猶予する年代である」と、アメリカの精神分析学者のエリック・H・エリクソンがモラトリアムを心理社会的に再定義しました。現在ではモラトリアムというと、エリクソンが定義した青年が大人になるために必要な準備期間を指すようです。青年にとって大人になるためにモラトリアムは必須ですが、現在の社会は青年に大人になるのを待つほど余裕がないのかも知れません。青年がすぐに大人になることを要求される社会では、モラトリアムという言葉は必要とされていないのかも知れません。
2 青年がオトナになるために大事なモラトリアム
「近代のオトナ社会は、各青年の『個』=自我の育成を重視し、モラトリアムを、青年たちが社会的自我=アイデンティティをつちかい、確立するための猶予期間とみなし、そのためのさまざまな社会的実験や遊び、時には冒険を許容するようになった」と小此木は書いています。上記のエリクソンはアイデンティティ、すなわち社会的な視点から自分は何もなのか?自分の存在意義は何か?という問いに答えを出すこと、も提唱しました。すなわちモラトリアムは青年が社会で生きていくために必要なアイデンティティを確立するために、社会のオトナが青年に与えた猶予期間と言えるでしょう。そしてアイデンティティを確立するためには、「社会的実験や遊び、時には冒険も許容するようになった」というように、若者はモラトリアムの期間オトナになってはできないような遊びや冒険も、若者だからと社会のオトナは許してくれるのです。

ところで日本でも江戸時代までの封建社会では、その身分に生まれれば一生その身分のまま生涯を終えるのが通常だったのでしょう。封建社会では武士に生まれれば武士になるのが当然なので、産まれたときから自分のアイデンティティは決まっています。青年期に自分は何者なのかと悩む余地は全くありません。ところが1793年、フランスの「人間と市民の権利の宣言」で人間は生れながらに平等を宣言され、今では実感として皆さんも自分の意思で自分の人生を切り開くことができると思われているでしょう。何者でもなれるということは何になるかを自分で決める必要があります。社会が発展して複雑になるほど、なる何かはとても多く複雑になります。それゆえ私たちは青年期に社会に出てオトナとして活きていくために、モラトリアムでアイデンティティを確立することが必要になるのでしょう。
3 依存から自立へ
小児科医マーガレット・マーラーは、赤ちゃんがお母さんから離れて自立する過程を「分離個体化」という理論で説明しました。赤ちゃんが母親に依存している状態から徐々に様々な過程を経て母親から自立した自分を作り上げる過程です。そして精神分析学者ピーター・ブロスは、赤ちゃんが母親への依存から独立に向かうこの「分離個体化」が、青年期にもう一度起こると言いました。青年はそれまで守られてきた家族から独立し社会に出ることになります。この過程が赤ちゃんの母親からの依存から自立した存在になる過程と同じだと考えたのです。つまり青年期には家族への依存から社会でのオトナとしての独り立ちという「第二の分離個体化」が起こるというわけです。
ところで精神分析家ドナルド・ウイニコットは、赤ちゃんが自分に起きたことをきちんと理解できるようになる。すなわち現実に起きたことを現実として理解できるようになるためには、空想世界から現実世界に移行する過程で生じるこころの空間で「錯覚」できることが必要と言っています。つまり自分の主観的な世界から客観的な現実の出来事を理解できるようになるためには、主観的世界と客観的世界の中間の状態を経由すると考えるのです。その中間の状態を「中間領域」と言いますが、その中間領域で赤ちゃんは起こったことは全部自分で創り出したという「錯覚」を抱くことが重要だと、ウイニコットは言っています。さらにウイニコットは赤ちゃんが全部自分が創り出したと「錯覚」できるのは、赤ちゃんが「錯覚」できるようにお母さんが赤ちゃんを心理的に抱えなければいけないとも言っています。

また一見社会に適応しているように見えて、こころの中では自分に対する違和感や他人や社会に迎合する、すなわち他人とうまく付き合っているように見えて、自分というアイデンティティがないために苦しんでいる生き方を、ウイニコットは「偽りの自己」と呼びました。そしてウイニコットは、母親が赤ちゃんが出すサインに応えてあげることで赤ちゃんは「錯覚」できるようになると言っています。赤ちゃんが現実をきちんと理解できるようになるためには、十分に「錯覚」できることが必要なのです。お母さんが現実に触れることから守ってくれ、その中で赤ちゃんは「全部自分がやっているんだぜ!」という「錯覚」が必要になるのです。「錯覚」ができないと「偽りの自己」になってしまうというのです。
このウイニコットの考えと先に見たマーラーの考えを参考にすると、赤ちゃんが母親への依存から自立へと向かうためには、お母さんが赤ちゃんが中間領域で錯覚できるようにお世話をすることが必要と言えるでしょう。私たちは充分甘えることで自立できると考えることが出来るのです。 もっともウイニコットは「ほぼ良い母親(good enough mother)」ということも言っています。私たちはついつい赤ちゃんのサインをすべて感知して対応しなければいけないのではと思いがちです。しかし完璧になれる人はどこにもいません。また赤ちゃんが「錯覚」から抜け出し、現実に触れることが出来るには、母親の失敗が必要になるとウイニコットは言っています。一生懸命赤ちゃんの伝えようとすることをキャッチしようと頑張るけど、誰しも完ぺきではないので失敗することはある。その母親が失敗することで赤ちゃんは自分がやってきたことが実はお母さんがしてくれたことなんだと気づくことができるとウイニコットは言うのです。
4 モラトリアム人間 モラトリアムを続ける若者たち
小此木は「旧来の社会秩序の中では、このモラトリアムは、一定の年齢に達すると終結するのが当然の決まりであった」と書いています。ところが小此木が「モラトリアム人間」を書いた1980年代には、一定の年齢に達してもモラトリアムを終わることが出来ない青年たちが出てきたそうです。その理由を小此木は、「競争・管理社会が自明のものとして強制する既定のコースに盲目的に組み込まれ、その一員として自分が限定されてしまうことへの消極的な抵抗」とみています。なぜなら「極端なほどの平和主義=モラトリアム状態=価値観の多様化と、熾烈な競争社会=徹底した管理社会体制=価値観の画一化」「その相反併存…高学歴社会における大学入試までの過酷な進学競争と、大学時代の平和なモラトリアムの、あの異様な対照である」と分析しています。とするならば「モラトリアム人間」とは、過酷な社会に対する青年たちの生き残り戦略として社会のオトナになることを拒絶とは考えられないでしょうか?
ところで見てきたようにブロスは青年期も赤ちゃんが母親から自立していく過程を、青年が家族から自立していく過程として繰り返す、「第二の分離個体化」が起きると言っています。またウイニコットによると、赤ちゃんがお母さんから自立するためには、依存と自立のあいだ「中間領域」で「錯覚」することが必要になります。とするならば、青年がそれまで依存していた家族から自立して、社会でオトナとして生きていくためにも、自立と依存の間の「中間領域」で青年が「錯覚」できる環境が作られることが必要となるでしょう。小此木のモラトリアムの定義に見られるように、モラトリアムという中間領域で、社会のオトナ(=母親)が、青臭い青年のふるまい(錯覚)を許してくれていることがわかると思います。やはりここにも同じ構図が見られます。私たちが依存から自立するためには、依存状態からいきなり自立することは無理なことで、そのあいだに「錯覚」できる時間と場所が必要なのです。それがモラトリアムなのです。
小此木の考えとブロスの理論から考えると、近代以降の社会では青年が大人になるときは、赤ちゃんがお母さんから自立する過程と同じように、モラトリアムという青年からオトナへの移行期間が必要で、そのモラトリアムの中で青年は「錯覚」を持てるようになることが必要となります。ただし赤ちゃんが自立するために、お母さんが赤ちゃんが「錯覚」できるように世話をする必要があったように、おなじように青年が「錯覚」できるように、オトナが世話をする必要があると考えられます。小此木が論じた1980年代以前の日本の社会では、オトナはモラトリアムにある青年の「社会的実験や遊び、時には冒険」を見守るだけで青年は「錯覚」できたのかも知れません。しかし小此木が指摘したように社会が熾烈・苛烈になると、オトナが見守るだけでは青年は「錯覚」できなくなったのかも知れません。もしかするとモラトリアムから抜け出せない青年たちは、オトナが充分に青年たちを世話して「錯覚」させないためにオトナになることが出来ない、この世話をしないオトナたちへのいびつなかたちでの怒りの抗議なのかも知れません。小此木はモラトリアムにとどまる人たちを「モラトリアム人間」として「私的な自分は最高に肥大し、公的な自分は最低のものである。本当の自分は私的なものであって、形式的に規定された社会的な自分は、仮の存在、一次的・暫定的なものにすぎない。自分のおかれている社会的現実には心的な距離=隔たりがあり、そこには主体的にかかわっていないし、かかわるほどの積極的な力も関心も乏しい」とその特徴を説明しています。かかわりを拒絶するという消極的な態度は静かな怒りなのかも知れません。
これまで見てきたようにウイニコットは赤ちゃんがうまくお母さんから錯覚させてもらえなかった場合、「偽りの自己」といったアイデンティティがなく人に合わせてしまう性格になると言っています。モラトリアムでオトナに世話してもらえず錯覚させてもらえなかった青年たちも社会でのオトナとしてのアイデンティティを作り上げることができずに、モラトリアム人間という「偽りの自己」になるしかなかったのかも知れません。
ところで小此木がモラトリアム人間を論じた時代は日本がバブル期に入ろうとした時代です。社会のオトナになることを拒絶してもアルバイト等で生計を立てることは可能だったのでしょう。このような社会情勢がモラトリアムを青年が続けられる要因になっていたかもしれません。しかしそれ以降就職氷河期をへて新自由主義が席巻してからは「自己責任」の言説が蔓延しています。もう社会はモラトリアムを続ける青年の居場所さえ取り上げようとしているのかも知れません。
私たちは赤ちゃんの時母親から自立するときに母親の世話を必要としているように、青年からオトナになるためには社会のオトナからの世話が必要になります。近年社会がますます熾烈・苛烈になっているならば、オトナの世話は見守るから積極的な世話が求められるでしょう。社会のオトナには青年が自立できるために世話をする義務があるとも言えるでしょう。「自己責任」という言葉を向けられると自分に責任があるからと助けてとSOSをだせないという声もあるそうです。しかし青年はオトナから世話をされ錯覚できるようにされる存在なのです。世話をしないオトナが自己責任を押し付けるのは、これまで見てきたように、心理的、社会的な人間の成長に明らかに反することだと思います。また昨今は大学生のインターンシップも盛んに行われているようです。モラトリアムである学生時代は思いっきり「錯覚」して「さまざまな社会的実験や遊び、時には冒険」を楽しむ時期なのです。モラトリアムの時期にもかかわらずインターンシップでオトナを強要することは、青年がオトナになる機会を奪うことになるでしょう。
私たちが社会で幸せに安心して暮らせるためには、社会のオトナが責任をもって社会を支える必要があります。そのためには青年が思う存分「錯覚」できるモラトリアムを用意し提供することが求められるのです。
5 モラトリアムの「錯覚」とカウンセリング
これまで見てきたウイニコットの赤ちゃんが母親からの自立の過程に必要な錯覚をいだく中間領域は「可能性空間」とも言われています。私たちはその中間領域をオトナになってもこころに持っており、その中間領域に立ち戻って創造性を発揮すると言われています。中間領域は私たちがオトナになっても遊び心をもってこころ豊かに生きていくための大事なこころの場所なのです。

ところで職場でもない家庭でもない第三のこころ休まる場所をレイ・オルデンバーグはサードプレイスと名づけました。例えば行きつけのお店を持っているなどです。サードプレイスに行くことは、現実の世知辛さから中間領域に戻ることができる場所として機能していると思われます。私事ですが、学生時代のサイクリングサークルの先輩と今でもサイクリングに出かけたり一緒に飲んだりしています。そこで会って話す話題は学生時代のの思い出がほとんどです。それも飽きもせず毎回同じ話題で同じツボで笑いあっています。私にとって学生時代のサイクリングサークルはかつてのモラトリアムであり今はサードプレイスなのです。そして現実社会で生活するうえで、私が生きる上で中間領域としてとても大切な場所になっています。
近代以前の社会は、赤ちゃんがお母さんから自立するときに、お母さんから世話をされ錯覚することで生じる中間領域をこころに持つことでその後の人生をこころ豊かに過ごせたのかもしれません。しかし近代以降現在に至ると社会はますます複雑化し熾烈・苛烈になってきています。このような社会で青年がオトナになるには、もう一度モラトリアムという形で赤ちゃんがお母さんから自立した過程を繰り返す必要があるのです。もっとも社会はますます熾烈・苛烈・複雑になっているからこそモラトリアムが必要なるのに、社会のオトナは青年からモラトリアムを取り上げようとしています。さらにオトナになってもサードプレイスはどんどんなくなってきているように、世知辛さから逃れる場所もオトナから奪われています。 一方で「自己責任」の言説が蔓延し苦しいと言うことが憚られる雰囲気がつよく支配しています。
このような中で私たちが中間領域で生きる力を再び取り戻す場所としてカウンセリングは役立つと考えています。