カウンセリングを受ける体験とは? どのような気持ちが湧き、こころはどう変化するのか?
1はじめに カウンセラーがカウンセリングを受けた体験から
カウンセリングというとカウンセラーとカウンセリングを受ける人(クライエント、患者など様々な呼び方があります)が一対一で行うというイメージが強いのではないでしょうか?しかしカウンセリングの中には進行役となるカウンセラーが一人ないし二人いて、カウンセリングを受ける人が数人から十数人集まって行う集団(グループ)療法という形もあります。そしてこの集団(グループ)療法の研修方法の多くは「体験グループ」と言って、私のような心理士がカウンセリングを受ける人として、集団療法に参加する方式が多く取られています。 今回のブログでは私が参加した「体験グループ」について、カウンセリングを受ける側からの体験を報告したいと思います。

2 カウンセリングを体験すること
精神分析を造ったフロイトは、カウンセリングの目的を意識で無意識をコントロールできるようになることを目的の一つとしてあげています。もっとも精神分析の中でも考え方の違いによって何をカウンセリングの目的とするかは違ってきます。もちろん精神分析以外の認知行動療法なども、それぞれのカウンセリングの目的があります。もっとも総じて最終的に今抱えているこころの苦しさを和らげ、問題を解決することを目指すことには、それぞれの考え方はあっても大きな違いはないと思われます。つまりカウンセリングを受けるということは、それぞれのこころの悩みや不安を解決することを、相談者もカウンセラーも目的にしていると言えるでしょう。
それでは私が経験した「体験グループ」では、どのようなことを私自身が感じていたかをお話ししたいと思います。
3 「体験グループ」の経験
私が初めて「体験グループ」を経験したのは、大学院生の時の授業で行われたものでした。私が通っていた大学院には集団(グループ)療法の授業は外部から講師を招き、夏休み期間に「体験グループ」を二日間行う、集中授業の形をとっていました。初めて参加した「体験グループ」で、講師のカウンセラー(コンダクター)は「自由に話してください」と言います。ところで集団(グループ)療法では、リーダーあるいはコンダクターと呼ばれるグループの進行を担うカウンセラーが一人、もしくは二人で集団療法を主催しています。しかし初めての経験でどうすればわからない参加者(大学院生)は無言のまま途方に暮れていました。私はみんなが途方にくれ無言のまま時間が過ぎることが、とても苦しくまた心細く不安でこころが一杯になりました。そのような中でやっと私が発言すると講師は、「君はなんでもまとめようとする」と私に向かって言われました。私はまったくその気がなかったので、自分をとても否定された気分になりました。この経験は私にとってとてもショッキングな出来事となり、働くようになっても集団療法を学ぶことを避けていました。
ところが仕事で集団療法を実践しなくてはならないときがきて、嫌々ながら集団療法を学ぶために「体験グループ」に参加しました。私は仕事で集団療法を催すのも初めてであり、集団療法の研修会に参加するのも初めてなので、参加しても恐る恐るといった感じで席に座っていました。それは私の知らない他の参加者や講師にまた辛い体験をさせられるのではないか?という恐怖心から縮こまっていたのです。この体験グループも講師は「自由に話してください」と言ったきり黙ったままです。私は「自由に話せと言っても、自由に話したら私の知らない暗黙のルールがあって、地雷を踏んで他の参加者から何か酷いことを言われるに違いない」と疑い深く、また恐怖のため発言することはできませんでした。このような中私と同じようにその年度から参加した参加者が、「自由に発言しろと言われても、本当に自由に発言したら、自分の知らないルールで何か言われるんじゃないかって考えるから、怖くて発言できない」と発言しました。私はその参加者の大胆かつ勇気のある行動に、驚き、すごい人がいると尊敬も湧きあがりました。一方で同じことを考えている人もいることに勇気づけれ、私もおずおずとその参加者と同じ気持ちになっていることを発言しました。すると、他の参加者からは「そう考えるのも無理ないよ」という発言が相次ぎ、てっきり仕返しを食らうのではないかと身構えていましたが、肩透かしをくらうように不安が溶けていきました。
またその体験グループには大学院時代の授業で講師で来られた方も参加しており、その方に呼び止められました。身構える私にその方は、私が参加していることがうれしいといった声かけをしてくれました。たった二日間の授業だけだったのに私の顔を覚えてもらえたことがとてもうれしく、この体験グループに参加する意欲が湧いてきました。そうすると月一回の「体験グループ」が私にとってとても貴重な場所と時間になりました。決まった日の決まった時間に自分の行くべき場所があるという安心感を初めて実感しました。参加者の話を聴き、自分の話をする「だけ」のことが、これほど私の生活の支えになっていることに驚きも感じました。もちろん体験グループに参加するなかで、「自分は言いたいことを遠慮して周囲の反応を気にしている」などの私自身の考え方のパターンや不安の感じ方などの気付きも多くありました。
4 カウンセリングを受ける体験とは?
私の「体験グループ」の経験から、カウンセリングを受ける経験をまとめると次のようになると思われます。
①出会いの時期
初めて会う者同士の不安・緊張感に満ちた時期。良くなりたいとい期待の一方で、「これを話したらどう思われるのだろ?」あるいは「このカウンセラーは自分のことをわかってくれるのか?」など、カウンセラーと相談者との間に緊張が起きつつある状態。
②緊張や衝突を克服する時期
私が「体験グループ」に参加した当初に感じていた疑心暗鬼なこころの状態を、カウンセリングを受けられている相談者の方もきっと体験されているでしょう。カウンセリングを受けている相談者は、カウンセラーに対する不安や不満をカウンセラーに伝えることができずに、いまだ悶々としているのかも知れません。そのような相談者の状態をカウンセラーは、相談者が言葉に出して言わなくても、言葉によらない無意識のメッセージで何を送って来ているか?常にこころの耳を傾けています。そのようなときカウンセラーは、「何か言いたいことを言えないのではないですか?」と相談者に語り掛けるかもしれません。ただそうは言われてもすぐに「そうなのです」とは応えられないでしょう。それでもカウンセラーが何回か問いかけるうちに、相談者は勇気をふり絞って言ってみようと挑戦できるかもしれません。私が「体験グループ」で、一緒に入った方の発言に勇気をもらって、私自身も発言できたように。思い切って怒り、不満をぶつけても、カウンセラーが発言したことやその内容について相談者を責めることはありません。むしろなぜそう思ったのか?という理由を訊き、相談者が今感じている不安や緊張がどういうものであるのかを知ろうと努めます。
③ 勇気をもってカウンセラーに不安、不満などネガティブな気持ちを伝えるとき こころのパラドクスを理解する
カウンセリングを受けようと決意され、実際にカウンセリングを受けるという行動に出られた相談者は、今悩まされている不安や苦しさをどうにかして解決したいと切実に願っておられるでしょう。しかし実際にカウンセリングを受けられるとカウンセラーの共感的な受け答えにもかかわらず、私が「体験グループ」で体験したように、疑心暗鬼がこころを占めるような状態になることで、思い描いていたカウンセリングとは違うと戸惑われる方もいらっしゃると思われます。
そのような時例えば部活やサークル、働く部署のような場所に、年度が替わり私たちが初めて入って行くときを思い描いてもらいたいのです。入る人がいる一方で去っていく人たちもいます。その時残った人も新たに入った人も、私が入った「体験グループ」の経験と同じように、お互いに疑心暗鬼になり、不安に感じていたと思われます。しかし何か月、色々な出来事を通じてお互いが打ち解け合い、新たな集団として機能し始めることを体験されたと思われます。
カウンセリングを受けるときも、部活などと同じ状況が起きることを思い出していただきたいのです。私の「体験グループ」の経験からは、この新たに出会った新しい人と残った人との間に軋轢や葛藤が必ず生じます。しかしそれを乗り越えることができないグループは、なにか自分の居場所として安心感を得ることができないのです。なにか借り物の自分のものでないという感じが強いのです。

そうは言っても、苦しさから解放されたいと切望してカウンセリングを受けに来たのに、どうしてカウンセリングで苦しまなければいけないのか?と怒りさえ湧き出てくるかも知れません。しかし「雨降って地固まる」と言われるように、人間のこころもからだもパラドクスに満ちているのです。こころの健康を回復するには、まずこころに湧きあがる不安を乗り越える必要があるのです。こころがパラドクスに満ちているなら、このパラドクスというこころの性質=ことわりに従ってカウンセリングを行うことが、こころの健康を回復させるためには必要となると思われます。
カウンセリングを受ることで、こころの健康を回復させるためには、いかにこの②緊張や衝突を克服する時期において相談者の方が勇気を持って、カウンセラーに今感じている不安、不満、怒りを伝えることができるかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。
④ カウンセリングを安全な場所と思えるようになる時期
相談者がカウンセラーにどんなことでも言っていいと安心感を抱くことができるようになると、カウンセリングを受けること、ひいてはカウンセリングルーム自体、定期的にカウンセリングを受けるという設定自体に安心感を持てるようになります。このようにカウンセリングが安心できるようになり、カウンセリングルームが居心地のよい居場所と感じられるようになるとき、自分のこころを探索することを始めることができます。安心してカウンセリングを過ごすことを続ける結果として、こころの苦しさや不安、問題を解決できるようになるのです。

「体験グループ」を何年も続けて参加した私は、前に述べたように毎週一回を楽しみにしていました。コンダクターは必ず「自由に話してください」といって「体験グループ」を始めますが、私も初めて参加したときのように疑心暗鬼になることなく、その場で感じた気持ちを正直話そうと心がけていました。そのような中で、自分には「こう発言するとどう思われるか?」「あまり長い話になると、迷惑ではないか?」と周りを気にする傾向があることに気が付きました。あるいは大学院生の時の授業で講師に言われた、「何でもまとめようとする」という言葉も、まとまっていないことに対して自分は不安に感じ、それで不安を無くすためにまとめようとしていたと気が付くことができました。
このように自分のこころがどのようになっているのかという気づきは、やはり「体験グループ」に参加した当初に、自分の気持ちを正直に他の参加者に伝えられたことで得られたと実感しています。
これからカウンセリングを受けようと考えていらっしゃる方も、私の体験と同じように勇気を出すことで、ご自身のこころの健康を取り戻すことができるように、当相談所は支援いたします。