予防という観点から、こころの健康を維持するためのストレス対処法を考えてみる
1 はじめに 小さなストレスにはちょっとしたストレス対処法が有効
働く人、職場のメンタルヘルスケアは、メンタルヘルス不調を未然に防止する「一次予防」、メンタルヘルス不調を早期に発見し、適切な対応を行う「二次予防」及びメンタルヘルス不調となった労働者の職場 復帰を支援する「三次予防」に分けられる(厚労省)と言われています。
この考え方を元に、メンタルヘルス不調を未然に防止する「一次予防」としてどのようなストレス対処法があるのかを考えていきましょう。ストレスが小さいうちはちょっとしたストレス対処法でも有効です。普段から予防を意識して、ちょっとしたストレス対処法をバリエーション豊かに持っていることが、こころの健康に役立つと考えるからです。
①笑い 笑う門には福来る
職場のメンタルヘルスの仕事をしていた時、一次予防としてストレス対処に役立つ講習を行っていました。その中の一つに「笑いヨガ」の講習がありました。講師をお招きし、実際に参加者が笑いヨガをやってみるというものです。参加者が大勢いるまえでいきなり笑うというのは参加者の皆さんも恥ずかしいと思うのか、最初はなかなか笑うことができません。何か面白いことでもあれば自然に笑うことができるのにと、一緒に参加してた私も困っていました。しかし笑いヨガのやり方を説明する講師の方が、説明のあいだあいだに笑いを自然に入れるので、こちらもつられて笑いが自然にでるようになりました。そうなると講師の指示に従って自然に笑うことができるようになり、終わってみれば心身ともにとてもすっきりしたことを実感できました。厚労省によると、実際に「笑いによって自律神経のバランスを整えたり、ガン細胞を 攻撃するNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化し、免疫 力を正常化させる効果」があるとのことです。

でも面白いこともないのに笑うなんてと思われる方もいらっしゃるかもしれません。笑いヨガはもともとインドで始まりました。笑うときの呼吸がヨガの呼吸と同じことに着目して、笑い合うことで健康になることを目的に仲間内で始まったそうです。はじめ参加者は面白いことを言い合って笑っていたそうですが、そのうち笑いのネタが尽きてしまいました。そうするとウケるために参加者は下ネタに走ったそうです。すると女性の参加者が不愉快に感じ、会を離れて行き、笑いヨガのサークルは消滅の危機に陥りました。でも始めた人の中には医師がいて、面白いことで笑うときと面白くないのに笑う時で、上記の笑いの効果に違いないという研究結果を見つけ、ネタがなくても笑うことができる笑いヨガのやり方を作り上げていったそうです。
私が習っている合気道でも、笑いの稽古を行います。息を吸って、「あっはっはっ」と声を出しながら笑います。次は「いっひっひっ」と続けます。その次は「う」でように笑い、「え」「お」「ん」まで続けます。これは阿吽(あうん)の呼吸、ものごとの始まりから終わりまでを表しているそうです。最後は、「あ」から「うん」まで連続して笑います。これも面白いことで笑うのではなく、呼吸に合わせて笑う機会を作る感じです。もし家に誰もいない時間があれば試してみるのもいいかもしれません。
②楽しいと感じることを持つ
例えば趣味を楽しむのも予防という観点のストレス対処法として効果があるでしょう。でも趣味が見つからないという方もいらっしゃるかもしれません。また趣味を見つけて始めようとすると、道具などをそろえなくてはいけないしと二の足を踏まれる方もいらっしゃるでしょう。
<気軽にできること>
「気軽にできる」にできるというのがポイントではないかと考えます。趣味とはこういうものと構えてしまうとなかなか気軽にできません。気軽にできるからこそ予防としてのストレス対処法として役立つのだと思います。
散歩などは気軽にできてよいストレス対処法だと思われます。ところで心理療法の一つに、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)というものがあります。トラウマの治療に効果があるとテレビでも紹介されたことがあるのでご存じの方もいらっしゃるかもしれません。創始者のシャピロさんは、散歩中に目を左右に動かしているとなぜか気分がすっきりしたという体験からEMDRを始めたそうです。シャピロさんの例は特殊な例かも知れませんが、おそらくシャピロさんもイライラすると散歩をして気晴らしをしていたのでしょう。たかが散歩と言わずに、ちょっとの気晴らしが予防としてのストレス対処には有効だという視点を持つことが大事なのです。

<多くのストレス対処法を用意する>
もう一つのポイントは気軽に行えるストレス対処法をなるべく多く用意できることです。ちょっとイライラしているなと自分の気持ちに気付いて、このような時は気軽にできるストレス対処法、散歩をしようと思い立ったら、雨だった。ということもあるでしょう。そのような時に散歩しかストレス対処法を持っていなけられば、ストレス対処ができないということになってしまいます。そのような時に、素敵な喫茶店や美味しいものが食べられる店を見つけておき、雨の日に利用するといいのではないでしょうか?あるいはお気に入りの動画を観る。音楽を聴くというのも良いでしょう。私が住む自治体の図書館には社会人自習室があります。図書館で本を借りて、興味がある分野を勉強するということもできるでしょう。
スポーツを例にたとえると、戦術を多く持っている監督の方が勝つ確率は高くなるでしょう。野球でも、その時の相手ピッチャーや自軍のバッターが誰かを考えて、一番点が入る確率が高い戦法を用いることができるためには、多くの戦法を持っている方が有利になるはずです。サッカーでも多くのフェイント技術を持っていた方が、その時々の状況でボールをゴール前まで運べる確率は高くなるでしょう。同じようにストレス対処法も手軽にできる対処法を多く持っていればいるほど、どのような状況でも何か一つはストレス対処法を用いるできるので、より予防としてのストレス対処法として効果を発揮できるでしょう。
<何かに集中することで意識を嫌なことから向け変える>
ネットネットを見るといろいろなレシピが出ています。お手軽なレシピも多く紹介されているので、料理に挑戦するのもいいかもしれません。料理は何を作るのかを決め、材料をそろえ、手順を考えるといった複雑なやりくりが求められます。私たちは嫌なことが頭に浮かぶと、それにとらわれてはダメと、嫌なことを考えないようにします。しかし私たちは嫌なことを考えないようにと意識すればするほど、逆に嫌なことに引き付けられてしまう性質を持っています。そのようなときは他のことを考えるようにすることが大事になってきます。でも単に嫌なこととは別のことを考えることも難しいのです。そこで何かに集中できる状態を作ることが大事になります。料理はまさに複雑な作業を同時にやりくりすることを求められます。とても作業に没頭できるという点で、ストレス対処にとても適しています。
③人と語らう
「朋有り遠方より来る、また楽しからずや」と論語にあるように、気の置けない中の友達と語り合うことはとても楽しい時間です。誰かと楽しく語り合うということも気軽に行える予防としてのストレス対処として有効です。

ところで「サードプレイス」という概念がレイ・オルテンバーグによって提唱されています。サードプレイスとは、家でもなく、学校や職場でもない第三者の場所を指します。例えばイギリスのパブ、ウィーンのコーヒーハウスなどがあげられています。このような場所では常連客によって独自のコミュニティが作られ、そのコミュニティの一員になって楽しく過ごすことができます。サードプレイスの効果は何よりも「そこに集う人びとを元気にする」「精神的な心地よさと支えを与える」(サードプレイス レオ・オルテンバーグ)と言われています。日本でも行きつけの飲み屋を見つけ、常連客になるというのもいいのかも知れません。しかし世界中でこのサードプレイスとしての場所がどんどんなくなっているというのです。気軽に立ち寄れるサードプレイスを見つけることはどんどん難しくなっているのかもしれません。
このように誰かと話すということは現在の社会状況ではとても難しくなっているのかも知れません。誰かと話すということは私たちにとってこころの健康を維持するにとても大切なことです。しかしとても大切である人と話すことがなかなかできないという状況では、気軽な予防としてのストレス対処法としてはハードルが高くなっているのかも知れません。
私が臨床心理学の大学院を卒業するとき、2人の教授から別々の機会に、「一人で臨床(仕事)をするな」と言われました。実際に仕事に就いてからも、「一人で臨床をするな」というアドバイスをもらうことがありました。助言を受けた私は、複数の研修グループに入れてもらいました。教授たちの意図は、一人で仕事をすると、仕事上うまくいかなくなるというものでした。確かに仕事をしていく中で一人で仕事をすることが危険なことも実感しました。しかし私が研修グループに入ってよかったと実感するのは、サードプレイスとしての役割を見出したことです。すなわち研修会は私にとって、定期的に会い話すということで、精神的な心地よさと支えを与えてくれるものになりました。
また私は働き始めてから、合気道に入門し、フットサルも始めました。これらは体を動かすということ以外に、それらのコミュニティが私にとってサードプレイスとして機能していることも実感しています。
すでにサードプレイスをお持ちの方なら、誰かと話すということが気軽な予防としてのストレス対処法になるでしょう。しかし働き始めるとなかなか新しいサードプレイスを見つけることは難しいことと思います。しかし私たちにとって誰かと語らい合うことはとてもこころの健康にとって大事なことなので、ご自身のこころの健康を保つために、ちょっと勇気をふりしぼりご自身にとってのサードプレイスを見つけていただきたいと思います。
サードプレイスのこのような機能を考えると、カウンセリングルームで話すということも、サードプレイスにあたると言えるでしょう。当相談室では、「お試しカウンセリング」という、継続を予定しない単回のカウンセリングも用意しています。気になることを話す、あるいは呼吸法、筋弛緩法、笑いの稽古などのリラクゼーションを試すにも良い機会かと思います。