こころが辛いトンネルに入った時にカウンセリングで身につけるべき力 レディネス(準備性)という考え方

1 はじめに

 最近は初夏のような気温になり、木々も一気に芽吹いてきました。つい1週間前は雪が降り、3月なのに真冬の寒さに震えていました。この真冬の白黒の景色から1週間で春のパステルカラーの景色に劇的に変わったことに驚いています。

 「冬来たりなば春遠からじ」という言葉があるにもかかわらず、春が来るまではいったいこの寒さはいつまで続くのだろうと疑ってしまいます。こころの状態も辛い時期が続くと、この辛さに終わりはないのではないかとあきらめの気持ちも強くなってきます。

 今回は終わりが来ないように感じられる辛い時期をどう乗り越えるのか、その力をどうカウンセリングで身につけていくのかということについてお話ししたいと思っています。

2 どうして終わりが見えないと辛いのか?

 横断歩道を渡るとき、あとどのくらいで信号が青に変わるのか?赤の棒がだんだんと減って行く表示器が設置されている信号機が多く設置されています。この表示器がある信号とない信号、気持ちに違いを感じたことはないでしょうか?信号が青に変わる時間は同じでも、表示器が設置されている信号で青に変わるのを待っている方がイライラしないような気がしませんか?私たちは結果が予想できるときストレスを感じることが少ないと言われているからです。

 ここでアメリカでの実験を紹介したいと思います。まず見たくないと思わせる写真を実験の参加者に見せます。参加者はその写真をみることに耐えられなくなったら、すぐに写真を伏せることができると説明されます。次に別の参加者には同じ写真を見せますが、その参加者には耐えられなくなっても写真は伏せられないと説明します。実は最初の嫌になったら写真を伏せることができると説明された参加者も、実際には写真は伏せることができないように固定されていました。

 両方の参加者とも写真を見ることに耐えられなくなっても参加者が自由に写真を伏せることはできません。しかし自分で自由に写真を伏せることができると説明された参加者は、伏せることができないと説明された参加者に比べストレスを感じないと報告されました。私たちは実際に自由にならないときでも、自由にすることができると信じることができればストレスを感じなくて済むということが、この実験でわかることでした。

 さきほどの信号の話も、表示器があってもなくても青に変わる時間は変わりません。しかし私たちは信号があと何秒で変わるとわかることでストレスを感じなくなります。つまり私たちは状況を自分で変えることができると、実際には変えることができなくても、信じることができるとストレスを感じなくなります。一方で結果を変えることができないと思うとストレスはひどくなるのです。

3 終わりが見えない辛さのメカニズム

 アメリカの心理学者セリグマンの実験を紹介します。セリグマンは、犬を逃げられないように固定し、その犬に電気ショックを与え続けます。犬は電気ショックを与えられるたびに逃げようと暴れます。しかし何回も電気ショックを与えられるともう逃げようと暴れなくなりました。セリグマンは犬が逃げようとしなくなった理由を、逃げても無駄だと諦めの気持ちを身につけたからだと考えました。この実験結果をセリグマンは「学習性無力感」と名づけました。

 私たちもいつまでもこころが辛い状況にあって解決策を見いだせないとき、このあきらめに心が満たされるように感じることでしょう。

4 いっけん変化がないように見えても

 以前のブログで、私たちが何かにチャレンジするとき、成長と踊り場と言われるプラトーを繰り返すとお話ししました。私は以前、会社を休まれている方の復職を支援する仕事をしていました。復職に向けて順調に回復される方がこの踊り場(プラトー)に差し掛かると、踊り場なので下がってはいないのに、以前の回復が実感できないために調子を落としているのではないかと心配される方々もいらっしゃいました。しかしこの踊り場の時期を過ぎるとまた復職に向けて心身の状態を上げていかれました。

 ではこの踊り場にいる時私たちのこころの中ではどのようなことが起きているのでしょうか?私は復職される方のそばにいて、踊り場では何も変化が起きていないのでなく、これまでの頑張りで疲れたこころと身体を休め、新たな成長に向けて準備をしているのではないかと考えていました。私自身の経験でも、自分のカウンセリングに対する理解や技量がなかなか進まない中、まるで反復横跳びをしているように前に進まないことに気をもんだことがあります。この反復横跳び状態の時に色々と悩み、その悩みを解決するために考え、研修を受け続けていたことが、復職される方の踊り場での準備と同じように、私の変化につながったと思います。

 ところで心理学ではレディネス(準備性)という名前が付けられた考え方があります。変化が起きるには、その変化を起こすための準備が行われていることが必要とするものです。レディネス(準備性)の考え方からは、一見変化がないが私たちの内側でこれから起きるであろう変化に対して準備を行っており、その準備が次の成長を引き起こすと考えてもいいのではないでしょうか?

5 カウンセリングでの踊り場 レディネス(準備性)

 カウンセリングでは、水戸黄門の印籠のように、「ここが問題です。ですからここを変えましょう!」と一気に問題が解決することは、残念ながらあまりないと言わざるをえません。私たちのこころも同じように、カウンセリングでは変化と踊り場を繰り返していきます。次の変化を経験するには踊り場にたたずむ不安に耐えることが求められます。そこで私たちは「学習性無力感」に陥るのではなく、変化への希望を信じて準備をする力をつけることが必要になります。

 私たちはカウンセリングが終わった後も人生の色々な厄介ごとにそのつど巻き込まれていきます。厄介ごとはそれぞれはじめて経験するものなので解決策も見つからず長いトンネルに入ったように感じ、出口は見えず暗闇の中を進むように感じられるでしょう。しかしその暗くて長いトンネルは踊り場なのです。私たちは一見何も変化もなく不安だけを感じる踊り場で、それでも自分のこころを見つめ続けることで、やがて訪れる変化への準備をしているのだと思います。このようなときカウンセリングで身につけた、変化のない状態に耐え準備を行うという力が、今後の生活で役立つのです。

 カウンセリングで身につける力とは、暗闇のトンネルのように感じる踊り場にたたずんでいても、これから起きる変化を信じ、そのために準備を行っていくものだと思います。ただ一人で暗闇にたたずむだけではなかなか変化を信じるという勇気は湧いてきません。一緒に暗闇にたたずみ、希望を信じて一緒に準備を行うカウンセラーが必要になるのです。

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