ストレスを味方につけるという発想 カウンセリングでこころの健康と生きる力を身につけよう。
ストレスを味方につけるという発想
カウンセリングでこころの健康と生きる力を身につけよう。
1、はじめに
以前のブログでストレスの説明とその対処法を紹介しました。今回ストレスは悪いばかりではなく、人間の成長に不可欠であるという、良い面をお伝えしようと思います。
2、傷つきたくない風潮
ところで最近「○○させていただきます」という言葉が話題になっているようです。この言葉「○○」の部分の言葉は、例えば「話す」など相手とのコミュニケーションを求める言葉です。逆に「させていただきます」の部分は敬語として使っているにもかかわらず、言い切っている形から、コミュニケーションが開かれていないと相手には感じられるそうです。相手を敬っていながら相手と距離を取る矛盾した言い回しから、相手からは慇懃無礼な感じに受け取られると言われています(参考 椎名美智)。
私は「させていただきます」という言い回しが流行るのは、敬意を払っていると相手に伝えつつ、相手からは踏み込まれない距離を保つという状態を作ることで、相手から傷つけられることを防ごうとする心理が働いているのでないかと考えています。
私たちは人から認めて欲しいと思う一方で、人に傷つけられたくないとも願っています。現在は人とから認められたいという欲求がSNSに人々を走らせ、いっぽうで傷つきたくないという願いから、「させていただきます」という言い回しが流行るのではないでしょうか?他者から認めて欲しいという欲求は「自己愛」と名づけられていますが、現在はこの自己愛にみんなが過敏になっている時代なのかもしれません。

A、レヴィ・ストロースの親族の構造
ラドクリフ=ブラウンの先行研究からレヴィ・ストロースは親族の基本単位が四項からなると考えました。そしてレヴィ・ストロースの「父親と息子の関係が親密である集団においては母方の伯叔夫と甥の関係は冷たいものであり、父親が親族の権威の受託者である場合には、甥が親しくつきあうことができるのは伯叔父の方なのである」と述べています。
簡単にたとえると、例えば父親は勉強に厳しく、いい大学を出て大企業に就職することが人生にとって大事だと息子に言います。しかし勉強よりも自然や生き物に触れることが大好きな息子は、父親の小言をうるさく感じます。一方でキャンプに連れて行ってくれたり、世界旅行の話をしてくれる伯父さんのことは大好きです。この逆に伯父さんは嫌いだけど父親は大好きだというパターンもあります。
このような息子と父親・伯父の関係性から内田樹は「成熟のロールモデルというのは単独者によっては担われることができない。タイプの違う二人のロールモデルがいないと人間は成熟できない。これは私の経験的確信である。この二人の同性の成人は『違うこと』を言う。この二つの命題のあいだで葛藤することが成熟の必須条件なのである」と、述べています。
私たちが大人として成長するには、矛盾する二つの間で悩む、その過程が必要と内田は言っています。
ところでこのような矛盾する状況は、レオン・フェスティンガーが提唱した認知的不協和理論としてまとめられています。例えば、タバコが好きだ。しかしタバコは体に悪いという科学的証拠が出た。このように吸いたいけど体に悪いという矛盾した状況に置かれると、それはストレスが溜まります。だから人間は矛盾状態を解消しようと、例えば運動すれば健康に影響しないんじゃないかと、運動することでタバコを吸い続けようとします。
このように私たちは矛盾状態というストレスに我慢できないので、つい答えを出してしまいがちです。しかし内田はこの矛盾状態の居心地の悪さを我慢し、考え続けることで、私たちは大人として成熟すると言っているのです。まさにストレスを逆に成長につなげる考えと言えましょう。
B、精神分析家松木邦裕の不在論
私たちは、例えば学校で褒められた。あるいは友達に嫌なことを言われて傷ついたなど、色々な経験をしています。そして褒められた時は「うれしい気持ち」になり、嫌な出来事には「悲しい、くやしい」気持ちが湧きます。このように経験した出来事を振り返ることができるのも、実は私たちがストレスに耐えることができた結果なのです。
以下、松木の理論に沿って説明します。
私たちが赤ちゃんだった時、お腹がすけばお母さんがおっぱいをくれます。おむつが汚れればやっぱりお母さんがきれいに換えてくれます。でもいつでもお母さんが駆けつけてくれるとも限りません。そんなとき赤ちゃんは空腹や汚れたおむつの状態で我慢していなくてはなりません。ストレス状態です。赤ちゃんはこのストレス状態に耐えらなくて、泣き叫んでこのストレス状態をどうにかしようともがきます。一方でそれまでのお母さんに世話されたことを思い出し、この嫌なストレス状態を我慢できるかもしれません。この嫌なストレス状態を我慢できた時、私たちは自分の経験が何であったのかということを考えることができ、意味を知ることができると言われています。まさにストレスを逆にこころの成長につなげる考え方と言えるでしょう。
3、役に立つストレス
このように傷つきたくない風潮が強い現在、ストレスというこころを傷つける体験は避けたいと願うのが当然でしょう。しかし確かにこころに負荷がかかるストレスですが、ストレスを体験することでこころの健康が向上し、生きる力も強くなると言われています。以下いくつかのパターンを紹介します。

C、ビオンの破局状況
私たちのこころがカウンセリングで成長するとき、以前の考え方感じ方ではなく新しい考え方や感じ方にすっかり変わっている。その結果かつての辛い状況が改善されると、精神分析家ビオンは考えます。考え方や感じ方をシステムと考えると、カウンセリングで新しい自分になるということは、それまでの考え方や感じ方というシステムを一新することと言えるでしょう。別人になると言っていいかもしれません。今までの自分を捨て去り、いまだ経験したことのない何ものか分からない新しい自分になる体験です。もっともこの生まれ変わるような体験ゆえに、言いようのない恐怖に襲われる「破局状況」が生じるとビオンは言っています。それは極度のストレス状態と言えるでしょう。しかし私たちはカウンセリングでこころが成長するためには、この破局を乗り越える必要がなるのです。
フランスの文芸評論家モーリス・ブランショは、「答えは問いの不幸である」と言っています。ストレスにさらされている状況は辛いものですが、そこに耐えることでこころが成長するという知恵は色々なところで共有されているのでしょう。

4、ストレスに耐えるには支える人が必要
金属製品に「鍛造」という作り方があります。金属は叩くほど強度が増す(加工硬化)性質を利用したものです。ご紹介した通り、私たちはストレスに耐えることで、金属のように強くなると言えるでしょう。
ただし金属は叩けば叩くほど強くなりますが、人間はただストレスにさらされればいいというわけではありません。赤ちゃんがストレスに耐えられるのは、それまでのお母さんの献身的な世話があったからです。同じようにカウンセリングでこころが成長するときに生じる「破局」を体験して乗り越えることができるためには、伴走者としてのセラピストが必要になります。当相談室では丁寧に傾聴し、相談者の悩みや不安を抱え続けることで、相談者が「破局」の恐怖を乗り越えられるように、しっかりと支え続けます。