カウンセリングを受ける場所 こころの健康を回復し創造性を発揮できるカウンセリング・ルーム
1、はじめに
カウンセリングを希望される方々にとって、カウンセリングを受ける場所とはどのようなところをイメージされるのでしょうか?当相談室のようなマンションの一室、病院の診察室、小さな会議室のような部屋などでしょうか?そのようなイメージを抱かれるのは、静かで落ち着いたところで安心して語りたいいう期待を持っておられるからでしょう。
もっとも今回は、こころの健康を回復し創造性を発揮できる場所としてのカウンセリング・ルームについてお話しします。
2、神秘的な力を生み出す場所
中世の絵巻「一遍上人絵伝」には、髪をポニーテール(総髪)にした男性が描かれています。この男性は、当時の一般的な髪形や服装とは異なった奇抜な格好をしています。このような人たちがなぜ奇抜な格好をするのかというと、人とは違った力、人以上の力を持っているという意味を示すことにありました。
また当時の牛は猛獣であり、その牛を飼いならすのは人以上の力を持っているからと考えらえていました。当時の牛飼いも髪は総髪にし、名前を「○○丸」と幼少時のこどもの名前をそのまま大人になっても名のっていました。○○丸という幼少時の名前も、人以上の力を持っているということを知らしめる意味がありました。それは人以上の力で人の世界と神の世界をつなぐ力という意味もあったのでしょう。そのような力は、人と神の境界という「あいだ=中間領域」によって発揮できるとの認識がその当時の人たちに共有されていたと思われます。
「境界というのは不思議な場所です。民俗学などでは境界のことがよく問題にされますが、呪術性があるといいますか、何か特別な性質を帯びている。私なんかが子どものころは、親から畳の縁とか部屋の入り口や玄関の敷居などを足で踏んではいけないといわれたものです。いまでも、そういうところを踏むのをためらってしまう。そんな力があるのです(木村敏)」。このように今でも私たちは境界に人知を超える力が宿っていると信じているようです。
同じように、船に○○丸と付けるのは、船がこちら(人間の領域)とあちら(神の領域)をつなぐ力をもっていると、今でも私たちが信じているからでしょう(内田樹 参照)。
3、消えゆく「あいだ=中間領域」
南北朝時代になると、お金が普及したことで、それまでの物々交換からお金を使ってものを買うようになりました。人々は神の神秘性を信じるよりは、なんでも買える(交換)できるお金を神の力の代わりに信用するようになりました。神様の力が弱くなると、神と人との境界もなくなって行きます。その結果境界で人知を超えた能力を発揮していた○○丸と名乗る人々は、逆に南北朝時代を境に今度は差別の対象にされるようになったそうです(網野善彦 参照)。
このような「あいだ=中間領域」は歴史の中の話でだけではなく、私たちに身近に存在しています。大人になっても、何かのサークルや稽古事に通っている人も多いでしょう。あるいは気の置けない仲間と飲み屋で語らうことを楽しみにしている人も多いでしょう。このように家庭でもない仕事でもない「あいだ=中間領域」は「サードプレイス(オルデンバーグ)」と名付けられ、私たちに特別の喜びをもたらしてくれます。しかしアメリカではこのサードプレイスとしての場所がどんどん失われているそうです。
4、あいだ=中間領域の再生 精神分析的心理療法におけるあいだ=中間領域
ところでフロイトが生きていた時代はとても性に対して禁欲的でした。ピアノの脚が嫌らしいからと幕で覆っていたほどです。今の時代も性はあからさまに表現されることを禁じられ、目立たない所に追いやられています。しかし性はこどもを産む、新しい生を誕生させるとても大切なものです。そして二人の「あいだ=中間領域」によって新たな生は産み出されるのです。
精神分析家D・W ウィニコットは、赤ちゃんが空想から徐々に脱し、現実を受け入れる過程を説明しています。もっとも空想からいきなり現実を受け入れるのではなく、空想と現実のあいだに「中間領域」と呼ばれるこころの空間が生み出されます。この「中間領域」で私たちは遊び、創造性を発揮すると言われるように、とても大事なものです。
また歌舞伎は当初「あいだ=中間領域」と考えられていた「河原」で行われていました。芸術という創造性も不思議なことに「あいだ=中間領域」から生まれるのです。ここでも大切なのは「あいだ」なのです。
私たちのこころは意識だけでも、無意識だけでも成り立ってはいきません。意識と無意識を自由に行き来する空間としての「あいだ」が必要になるのです。精神分析的心理療法はこの「あいだ=中間領域」をクライエント(相談者)とカウンセラーで作り出し、クライエントの創造性を産み出すカウンセリングなのです。
5、まとめ
もっとも上記のように私たちは新たな創造を生み出す「あいだ=中間領域」を狭めてきました。このような意味でカウンセリング・ルームとは現代に残された数少ない「あいだ=中間領域」と言えるでしょう。精神分析的心理療法を行うカウンセリングでは、このこころの「あいだ=中間領域」を作り出すための部屋が求められるのです。プライバシーが守られ、落ち着いた雰囲気を皆さんが求めているのは、この「あいだ=中間領域」をこころに作り出すためなのです。カウンセリングを受ける場所を物理的な場所としてではなく、こころに「あいだ=中間領域」を作る場所とすることで、私たちは意識と無意識を自由に行き来できる柔軟なこころを作り出すことができます。その結果、私たちはこころの健康だけでなく、そのあいだ=中間領域から創造性まで産み出すことができるようになるのです。